2009年06月15日

テッドさん...

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大阪プロレスHPよりリリースされました

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◎訃報

レフェリーのテッド・タナベ(田邉哲夫)は2009年6月15日午後12時23分に搬送先の病院にて永眠されました。享年46歳。


永きに渡り、プロレス界の裏側を支え、多大なる貢献をされたことを偲び、心よりご冥福をお祈りいたします。


なお、この件に関しての詳細は判り次第追って報告させて頂きます。


また、当ブログ、阪上雄司ブログにて一部表記に誤りがありましたことを深くお詫び申し上げます。


大阪プロレス株式会社
代表取締役会長 阪上雄司

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以下は週プロモバイルからのリリースです

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昨日から緊急入院していたテッド・タナベ・レフェリー(本名・田辺哲夫さん)が午後12時23分、搬送先の病院で永眠されたことが発表された。享年46歳。

一時は低下していた血圧が上がり、回復の兆しが見られたが、選手たちのよびかけも届かず帰らぬ人となった。

タナベさんは、国際プロレス・全日本プロレスでフロントスタッフを経験したあと、87年にジャパン女子プロレスでレフェリーとしてデビュー。
FMWを経て90年に旗揚げしたユニバーサルプロレスに参加し、その流れで92年、ザ・グレート・サスケとともにみちのくプロレスの旗揚げに参画する。

業界のキャリアが浅い選手たちを、その経験に基づくフォローで支えながらリング上ではレフェリー、リング外では営業から広報までをこなす。

みちのくの歴史を築いた数々の名勝負を裁いたのはもちろん、ヨネ原人やつぼ原人とのコミカルな掛け合いは、東北を代表する
笑いの名人芸として深くファンの胸に刻まれている。
みちのくコミッション代理も務めるなど、同団体になくてはならない存在だったが、体力的な条件等もあり退団後は地元・名古屋で他業種に従事じつつ、土日と祭日の大阪プロレスの興行に駆けつけては試合を裁いていた。

日本のインディー史に残した足跡は測り知れない存在であり、サスケをはじめとする多くの選手たちに愛された。

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心よりご冥福をお祈りいたします

安らかにお眠りください





これ以上は...少し時間をください
posted by ラポン at 15:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 大阪プロレス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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