2008年04月23日

閑話休題(前編)

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試験が終了してホッとして、録りためてあったプロレス中継を見てました。

連続して色んな団体を見てて、プロレスファンをやめる前(7年半前)の映像とデジャヴしない事実に気付く。こんな場面あったなあってあんまり思い返さない。
その違いがプロレスとして進化したものか退化したものかまでは理解できていないけど。
そんなワケで時間あんまりないけどチョットした印象なんぞを。

やっぱり新日本は練習量の豊富さでレベル高いのは動かざる真実。でも昔のような因縁や嫉妬といったドロドロとした部分が消えて、スマートになってしまったですね。
棚橋のような勝敗や世代闘争に対する意識を超越したキャラクターはその象徴ともいえるかも。でも、その中で気になってるのはGBH。なんか反則行為にメリハリがないっていうか。ダラダラと試合もイヤだけどダラダラと反則も見てるのもツライ。真壁ってキャラが可能性を秘めているだけにもったいない。ヒールならもっと客を楽しませるくらいの反則を繰り広げて欲しい。比較するわけじゃないけどその点NWOは良かったなあと。
対してベテランの長州や蝶野が提唱するロックアップやプレミアム(ちょっとズレるけどドラディション)といった派生体が、新日本の今の流れに共存できない思想の分裂と考えるとプロレス界はそろそろ全体で何か考えていかないとって思ってしまう。
この調子で老舗新日本から細切れ的に団体が増えることは新日本が往年の人気を取り戻そうって動きにそれ自体逆行している気がするんだよね。

そういった意味で前世紀プロレスの情念みたいなのをうまく残してるのがZERO1MAXかなと。優等生然としたイメージの新日本隊に対する強烈なアンチテーゼというか、売られたケンカには徹底的に噛み付くという恐れを知らないが故の魅力がありますね。老舗団体にはムリでしょ。それがインディーとのミックスドによって形作られているあたりも面白いですが。
実際、佐藤耕平選手や崔選手あたりがもっと欲出して不動のトップ張るようになったら新日本に肩を並べるのも夢じゃないと思う。団体マークのようにプロレスの歴史の渦になるのは意外とココなのかも。

今のところ全日本は正直あまり感情移入できてません。あれほど好きだったのに。「全日本」という響きが今の武藤カラーと異質なものに見えてしまってて。
もちろん武藤は大好きですよ。
でも必要だと思うのは諏訪魔みたいな新しい全日本を象徴するような選手を、応援する者が誇りに思えるような生え抜きの選手を、もっともっと頑張って育てること。武藤がかすんでしまうくらいじゃないと。T28やKAIとかYAMATOといったジュニア戦線にはその兆しが見えているけどヘビーは他団体やフリー頼りで生え抜き若手が目立ててない状態。
見てると豪華だけど「全日本じゃなくても...」みたいな違和感がある。だから王道終焉の苦しい頃を通り過ぎても全日本ファンを続けてる方々にはスゴイ頭が下がります。
逆境をくぐり抜けて「純」全日本プロレスが復活したならプロレス界は絶対に黄金期を迎えるって思いますよ。期待も込めて。

正直旗揚げ当初のイメージから大日本プロレスが現在まで残っているなんて思いもよらなかった。コスプレの小鹿社長がポーゴや中牧にいじめられる様子が、泥臭いデスマッチと相まって暗いアングラなイメージにプロレスをおとしめたってのが印象だった。
その頃は全日本プロレスの王道に魅入られていたラポンだったので理解できなかった部分も往々にあったのかもしれないですが、とにかく拒否反応が先に出てしまってたワケで。
でも改めて(TVですが)見てみると当初よりおとなしくなってしまったものの、デスマッチをキチンしたプロレスの1ジャンルとして確立した功績は大きいって素直に感じる。関本みたいな選手が「デスマッチだけではない」イメージを与えているしワンモアな一歩があって面白い団体かなと。
来月エルドラドとの合同興行だけど行くつもりなんで実際この目で見てみようと思います。

DDTも高木三四郎社長の著書「俺たち文科系プロレスDDT」を読んだからじゃないけど、よくここまで団体カラーを持ってきたなあと。昔ラポンはスーパー宇宙パワー以外選手の名前知らなかったもん。
でも今は大阪プロレスはまた違うケレンミたっぷりの面白さがある。濃い寸劇をプロレスにつなげる形式は喉越しさわやかじゃないけど、食道を抜けるときに深い味わいが長く残る感じ。連続ドラマみたいだけど日本のじゃなくて海外ドラマ。うまく20パーセントづつぐらいを次回のスパイスとして残してるあたりがファンを掴んでいるんだろうな。プロレスの見せ方として「どこまで許されるか」という先駆者的な試みの数々がマッスルとか、違う団体だけど666みたいなファンの心をガッチリ掴む団体を誕生させたんだろうしね。ハッスルは次回考えてみたいと思うけどもちろん同系統。
方向性は似ている大阪プロレスは比較するなら日本のドラマとバラエティ番組の融合か。連続性がありつつも同じクォリティがいつも見られる安心感がある。
言えるのはDDTそして大阪プロレスといったエンターテインメント色をうまく取り入れた団体が今日まで残っているからこそプロレス界は滅びずに済んだのだと思う。彼らがプロレスのレベルを下げたとは決して思わない。それどころかプロレスの可能性の裾野を広げたその実績は、ストロングスタイルにこだわらざるを得なかった新日本には絶対にできなかったことなのだし。

プロレスの多様化がなかったら、試合内容が高度というか危険に進化してとりとめがなくなっていたかもしれないよ。
とにかく試合の中だけがプロレスの魅力じゃないって7年半経ってラポンはやっと気付いたワケです。

亜流ばかりでは何も生まれない。本流があって支流がある。全部ひっくるめてプロレス。そんな感じかな。
今回書いたことは全部あくまで主観ですが。

もちろん、その違いが楽しくて急速にプロレス熱を取り戻しているラポンなのでした。

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今日の夜は先週末の「でら名古屋プロレスちゃんこ交流会」を書こうかなと。
イベント自体が楽しかったのはもちろん選手からも貴重な話も聞けて、集まったファンの暖かさからも、

プロレスっていいなあ

と改めて思った夜でした。大阪プロレスから連日外れてしまいますが、その時のことを回想しつつお届けしようと思います。
posted by ラポン at 08:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 趣味→プロレス←日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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